当たり前ですが…想いは言葉や文字にしないと相手に伝わらない

あなたは、家庭でも会社・学校でも、周りの人に自分の想いをちゃんと言葉や文字で伝えていますか?今日は「言葉」「文字」について書いてみたいと思います。

言葉に宿る力

言霊(ことだま)ってご存知でしょうか?日本において、言葉に宿ると信じられた霊的な力のことを指すのだそうです。

霊的かどうかはさておいて、私は言葉には”何らかの力がこもっている”と思っています。

端的に言えば、言葉で笑う人・泣く人・怒る人・励まされる人など、相手の感情を揺り動かして、結果表情や行動に繋がるわけなので、そこには何らかの力があると思っています。

自分の発する言葉で相手がどう思うか、そう考えると口ごもってしまいますが、自分の想いを言葉(や文字)にしない限り、相手に伝えることは難しいのではないでしょうか?

感謝の意・尊敬の念をもっと伝えてもよいのでは?

我が家には子供がいません(理由はまた別の機会にでも)。退職するまでは単身赴任が多かったので、奥さんとの会話も自宅に戻ってきたときくらいでした。

それが今では一緒にいる時間が多いので、以前に比べ話す機会が多くなりましたが、気を付けている点があります。

おはよう、ありがとう、おやすみは自然に

朝起きたらおはよう、何かしてくれた時はありがとう、夜寝るときはおやすみ。他の人からみればごくごく当たり前の事ですが、それがさらっと言える環境って、幸せなんだろうなあと思うので、積極的に発しています。

あと、奥さんが料理を作ってくれたら、ごちそうさま・美味しかったよ(お世辞ではなく、奥さんは料理がとても上手なので自然と口から出ます)も。

そのせいかは??ですが、奥さんはいつも(脳天気なくらい)明るく振舞っています。

社会生活においても同じことが言えると思う

学校生活や会社生活でも同じですよね。私も長らく会社員でしたが、朝にすれ違いで黙って行かれるより、”おはようございます”の声が聞けたら、なんだかうれしくなります。

管理職もしていたので、(部下という表現は嫌いなのであえて)メンバーに仕事を依頼・指示をしてその結果が帰ってきたときには必ず”ありがとう、お疲れ様”の言葉を掛けるようにしていました。

私は人に恵まれていたのか、メンバーに優秀な人が多かったので、期待していた以上の成果があって、いつも本当に感謝していました。

私も一担当者だった頃、上司の人に”ありがとう”を言われて、すごく嬉しかったのと、この人からの仕事だったら頑張れる、と思っていたものでした。

ただ最近、特に退職間際の会社環境では、”ありがとう”の言葉がだんだん少なくなってきているなあ、と一人しみじみ感じていました。

あなたの生活環境の中では、”ありがとう”がちゃんと聞けている状況でしょうか?

文字も言葉と同様に力がある

ブログを見て感銘するように、文字も言葉と同じ力があると思います。そして不思議なことに、文字としての文章には、その人の人柄や性格が垣間見えると思うのは私だけでしょうか?

言葉は(記憶に残らない限り・録音しない限り)音として消えていきますが、文字は必然として残っていく。しかも何度も読み返せる。そう考えたとき、もしかすると文字って言葉以上に力があるのでは?と思ってしまうのです。

私はブログを始めてまだ日が浅いですが、言葉綴るという点で楽しさや難しさを感じつつも、なにより自分の想いを素直に表現できる場があるというのは素晴らしいことと思っています。

いろいろな世代の人に向けて、自分というものを情報発信していけたらと思うこの頃でした。